駐車場のガーデンのバラが咲きました。桜、梅、桃もきれいに咲き誇りました。
3日間も塩漬けになった土壌です。全滅かと思いましたが一部の花木を除いて大丈夫でした。シンボルツリーのメタセコイヤ枯れてきました。「復旧」を信じてこのまま様子を見てみます。
4月11日、ちょうど1か月後、当院で生まれた赤ちゃんです。
毎日新聞1面に載りました。
一方、診ていた妊婦さん、うちで生まれた赤ちゃん、子供さん、
お母さん方も何人か亡くなってしまいました。
日が経つにつれ、え、あの人も、そういう情報が入ってきて本当に心が痛みます。
こたえます。
切迫早産を乗り越えてやっと授かったばかりの助産師さん、「子育て
一段落したら今度は先生の所で働いて恩返しをするからね」と、2人、
まだ見つかっていません。
一つの区切りをつけたく今回の体験記を書いてみましたが、もとに戻るにはまだまだ時間がかかりそうで、ゴールが見えません。自宅を何とかして心休まる居場所も必要です。
「先生は険しい山の崖を這い上がっていくようだ」と言ったスタッフもいましたが、さすが最近では「疲れるね」が口癖になってきました。
うちのスタッフも、なかには愛息、親族を亡くしたものもいます。家も流されたり、全壊になり避難所から通ったり仙台への転居を余儀なくされたりとそれぞれ大変な思いを経験しています。
ケアする方が、実はケアされなければならない、逆に励まさなければならない、早く再開したものの、この点が辛いところでした。
随分と笑顔も戻ってきました。廃院したところのスタッフにも入ってもらい大所帯になりました。